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ガボー グランドピアノ

155
品番

ガボー グランドピアノ

年式

1929年製

サイズ

間口146×奥行155cm

価格

売約済み

★ローンお支払シミュレーション

付属品

高低自在椅子、キーカバー、オイル、クロス、

インシュレーター、調律1回(出張費別途)

保証

ピアノ 10年保証

配送

全国対応します。

ガボーピアノの歴史

Jaseph Gabriel GAVEAUは1824年にロワール河とシエル河の間に位置するロモランタンで生まれました。
彼はパリのいくつかの工房で修行した後、1847年23歳の年にピアノ製作工房をパリのヴィネグリエ通りに開設。
彼は初期の頃から、エラールピアノを手本にした質の高いアップライトピアノを作ろうとしていた。その頃エラールは、アップライトのアクションにおけるエスケープメント機能を改良している最中だった。
Jaseph Gabriel GAVEAUはのちに“ガボーアクション”と呼ばれるようになった独自のアクションを開発した。
 
彼の6人の息子もピアノ製作に情熱を抱き会社に入った。彼の評判は高まり、セヴゥラン通りに小さな工場を設立するまでになった。
そこで1890年頃すでに、200人の職人が雇われ年間1500台のピアノが製造されたいた。1893年彼は、70歳の高齢となり会社組織となっていたガボーを、息子Gabriel EugèneとEtienneに引き継いだ。1896年メーカーは更に発展しパリ近くのフォントネイにより近代的な新しい工場をOPEN、職人300人を雇用し、年間2000台のピアノを製造するようになった。この工場は殆んどがパリから呼ばれた職人で成り立っていた。会社経営に力を入れたEtienne GAVEAUは、会社の本拠地をパリの中心にあるボエティエ通りに移す名案を打ち出し、1908年に大きなコンサートホール“サル・ガボー”を建設した。この有名なホールは、ガボーピアノのクオリティーを広く伝えるのに役たった。
 
Etienneによって企画された、その時代にはモダンであったコンサートホールでのコンサートによって、ガボーの評判は大きく広まった。
偉大なピアニスト達が招待され、ガボーのメーカーのコンサートグランドを弾いた。
 
パリでよく知られている“モダン1”という小さなグランドピアノはプレイエルやエラールと競って、パリジャンのアパートにと購入された。
太陽を形取った寄せ木細工の装飾とエレガントなケースは、メーカーの評判を高めた。1911年兄弟と仲たがいをしたGabrielは、独自の会社を作り、彼のアイデアによる新しいグランドピアノの製作に取り掛かった。彼は凝ったデザインの外装を施したグランドピアノを製作し、独自のスタイルを打ち出した。
1930年頃、下請け会社の一つであったMAG(Marcel et Andrè Gaveau)が質を高く値段の安いアップライトピアノを製造していた。
1939年に戦争が勃発した頃、会社は95000番目のピアノを製造したころであった。Etienneは1943年に他界し、息子のMarcelとAndrèが困難の中会社を継承した。1960年エラールと合併し“ガボー・エラール”となりさらにプレイエルも加わったので、大メーカーの集合となったが、1965年最終的に工場を閉鎖解散をもってメーカーの終わりを告げた。20世紀後半に入ると一時フランスのピアノ工場は衰退し、1971年にドイツのピアノメーカー・シンメル社がそれらの社名を買取生産をした。
1972年フランス政府は自国に伝統あるピアノ造りを継承するピアノ産業がなくなってしまうこを嘆き、プレイエル社を技術者及び資本家を迎え、フランス製ピアノメーカーの再生を行った。そのようにして誕生したのが「RAMEAU]社である。1994年それらの栄光ある銘ををフランスに取り戻したラモーは、社名を『PLEYEL』としたあらたにスタートした。1999年パリのプレイエルホールの買戻しと共に、また音楽家との関係も復活。